一体お前は僕とそれのどちらの方が大事なんだろうな?なんてびっくりする くらい馬鹿みたいな事を今まさに僕が考えているとは、まさかお前は思いも しないんだろう。 本のページに敷き詰められる文字が見づらくなった。薄暗い。一瞬だけ天井 からぶら下がる大層なシャンデリアに目を遣ったが、ソファーに捕まってし まっているこの体はどうやらなかなか動いてくれそうにない。 今日読み始めたその本の最後のページを捲ると、残り僅か数行の文章と一緒 に栞が目に入った。とはいえ残念ながらこいつの出番はなさそうだ。(果た してこの数百ページ分の内容が頭に入っているのか、そこは怪しいところだ けれど。) 「みつー、」 「…」 「みーつーやー、」 「用もないのに呼ぶなってば」 もう何度目のやり取りになるのか。そんなことはいちいち数えていないしき っと数えきれないのかもしれない、数えきれない。どうでもいい事だけれど ぼんやりと思った。何の照明もついていない薄暗い部屋に響く声は、思った よりも大きい。いうまでもないけれどこれもどうでもいい事だ。要は暇で暇 でどうしようもないのだ。 では読み終えた本から顔を上げても光也と視線がぶつからない事なんてもう 百も承知で、それでも顔を上げてしまうのは何故だろうか。これも暇だから か、あるいは。目に入ったのは、やっぱり目の前の椅子に座って大事そうに バイオリンの手入れをする光也だった。 「…まだ飽きないのか、」 「飽きるなんて事はねぇな」 正直、いい加減飽きてくれ!といいたいところなのだけれど。 今は膝の上で閉じられているこの本の最初のページを開いた時だって、大事 そうにバイオリンを扱う光也は同じようにそうしていた。まるでこの部屋に は光也とバイオリンしかいないかのように。(バイオリンにいないというの はおかしいのかもしれないが、それではバイオリン以下の僕はほんとうに物 みたいになってしまう気がするのだ。) 目の前のバイオリン馬鹿をむう、と睨んでやる。お前は何不貞腐れてんだ、 と言われた。ああ判っているじゃないか、その通りだよ。 「みつ、」 「だから用もないのに呼ぶなってばっ」 「用ならある」 バサッ、ソファーから立ち上がった瞬間膝の上から本が落ちる。その音にび っくりしたのか、ようやく顔を上げた光也と視線がぶつかった。 こんなにずっと目の前にいたのに、ちゃんと目を合わせるのは数時間ぶりと はこれ如何に。ああ、腹立たしい。こんな事で、こんな事でさえ。 歩を進めていくとその足音は音と呼べるものになる前に厚めの絨毯にすっか り吸い込まれていった。右頬を指で軽く撫でるとやっぱり目の前の肩はびく りと揺れる。こんな事、もう何度もしているのにな。ぼんやりと思いながら ももしかしたらその反応を期待しているのかもしれない、僕は。 そろそろ僕と遊んでくれてもいいんじゃないか?脳にまで響くように耳元で 呟くと、またびくりと肩が揺れるのが回した腕越しに判った。かわいいな、 と思いながらも期待、やっぱりしている。そんなことを考えているのと同時 に下からやめろ、と弱々しく掠れた声が聞こえてくるけれど、それが無理な 注文だってことはお前も判っているだろう?、そう口にするまでもない事も 僕はもう知っている。 首筋に唇を落とす。 さあ、何をして遊んでもらおうか? テーブルに置かれたバイオリンを横目に、軽く笑ってやった。               余裕なんてない















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光也のことになると大人気ない仁がいいんです…